Whole Person Care 実践編―医療AI時代に心を調え, 心を開き, 心を込める
内容紹介
治療と癒しの統合によってもたらされる患者主体の新しい医療のかたちが今ここに開かれる
患者が真に求めていることは何か。
患者の"癒しの旅"と共に医療従事者も己を高められるとはどういうことか。
治療と癒しの二項対立として整理された、マギル大学医学部が提唱するWhole Person Care(WPC)は、科学的根拠に基づいた医療に加え、患者との関係性に焦点を当てたプログラムで、これは全ての医療の根底に流れる考え方でもある。医療技術が目まぐるしく発展している今だからこそ患者と医療従事者のお互いの在り方について改めて考えるきっかけとなる書籍である。
医療AI時代に「心を調え、心を開き、心を込める」ために実践すべきこととはどのようなことか。
患者から学び、人生の豊かさが掴める一冊。
目次
第一部 Whole Person Care: ビジョン
第1章 医療の新たなビジョン
第2章 医学史における6つの運動
第3章 癒し
第4章 医療の中心
第5章 臨床における関係性
第6章 医療におけるマインドフルネス
第7章 Whole Person Careの過程
第8章 医療のアート
第9章 死と死の不安
第二部 Whole Person Care: 意義
第10章 医学生のためのWhole Person Care
第11章 医師としてのアイデンティティの形成
第12章 ウェルネス,燃え尽き症候群,共感疲労
第13章 医療における物語
第14章 デジタルメディアと医療
第15章 予防と全人
第16章 全人に関する科学的根拠
第17章 医療の組織
第18章 癒しの医療
索引
解説
第1章 医療の新たなビジョン
第2章 医学史における6つの運動
第3章 癒し
第4章 医療の中心
第5章 臨床における関係性
第6章 医療におけるマインドフルネス
第7章 Whole Person Careの過程
第8章 医療のアート
第9章 死と死の不安
第二部 Whole Person Care: 意義
第10章 医学生のためのWhole Person Care
第11章 医師としてのアイデンティティの形成
第12章 ウェルネス,燃え尽き症候群,共感疲労
第13章 医療における物語
第14章 デジタルメディアと医療
第15章 予防と全人
第16章 全人に関する科学的根拠
第17章 医療の組織
第18章 癒しの医療
索引
解説
書評
全人(Whole Person)として関わるということ
評者:三木恵美(関西医科大学、作業療法士)
Whole Person Careと聞くと「全人的ケア」のことだと思う読者は多いだろう。しかし、従来の「全人的ケア」と本書で述べられるWhole Person Careは根本的に異なるものだそうだ。ではWhole Person Careとはいったい何なのか。
人は病気になると2つのことを求める。1つは治る病気は治してもらうこと。もう1つは1人の「全人(Whole Person)」として対応してもらうこと。Whole Person Careとは、「科学的根拠に基づく医療」と「癒し」、すなわちロゴス(論理・論証する言葉・理性)とミュトス(人が語る物語・空想)、ScienceとArt、標準化と個別化、の統合である。
この数カ月、私は高校生、保護者、高校教師を相手に「作業療法とは何か、どんな魅力があるか」を説明する仕事をしている。短い言葉で明快に伝える必要があるため、「作業療法とは何か、どんな魅力があるか」をあらためて自問することとなった。そのような時期にこの本を読む機会を得て、私の中に長年巣くっていた硬い氷が融けるような感覚があった。
本来、「科学的根拠に基づく医療」と「癒し」は対立するものではない。しかし、科学的根拠を求める研究者、OTの姿勢は、標準化や客観性を求めるあまりに、画一的であったり患者の個性を見過ごしたり、温かみに欠けていると批判されることが少なくない。一方で、患者の人生の物語を大切にした実践、患者にとって価値のある作業に焦点を当てた実践は、非科学的と批判を受けることがある。どちらも作業療法にとって必要なのに、どうして反発し合うのだろうか。この潜在的な対立関係は、私の心の中にわだかまりとして長い間存在している。
作業療法の強みの一つは、医療・保健の専門職だということだ。医療・保健の専門職であるからこそ、疾患や障害を抱えた人々に近づき、触れ、うまくいけば治すことができる。医療専門職である以上、科学的根拠を求められるのは必然である。ここを怠れば、作業療法は自滅してしまうだろう。
作業療法の魅力のもう一つは、「癒し」との親和性の高さにあると思う。これは他の医療職にはない、特別な魅力ではないかと私は思っている。作業療法には、人を「全人」として理解し、かかわろうと努めてきた文化がある。病気になると、病気になる前の自分と人々との結びつきが奪われてしまうので、「癒し」には結びつき(Connection)が必要となる。本書では2者間の結びつきを深める練習として、2人が一緒にケーキのデコレーションをするというエピソードが紹介されている。これは、患者と作業との結びつき(Engagement)を大切にする作業療法、患者と家族が一緒に同じ作業に取り組む作業療法の場面と、非常に類似していると思う。
「科学的根拠に基づく医療」と「癒し」、両方があってはじめて作業療法が魅力ある仕事になるはずだ。互いに補完し合うべきこの両者が対立してしまうのは、作業療法の世界だけではないらしい。それを統合しようというのがこのWhole Person Careである。
作業療法士養成課程において、「科学的根拠に基づく医療」のための教育は充実してきているように思うが、「癒し」に関する教育は十分ではないように思う。実際、私自身も「癒し」ができるか否かは、OT自身の資質にかかわる部分が大きいと捉えていたところもあって、きちんと術を学んでこなかったと思う。しかし、本書では、腎臓内科医である著者が経験したさまざまなエピソードや医学生への教育を紹介しつつ、「癒し」の医療をどう育てるか、どう展開するか、を具体的に紹介している。作業療法においても、「癒し」の教育・実践について学ぶことは多い。本書は、緩和ケアや終末期にかかわるOTのみならず、いかなる時期であっても、患者の人生にかかわるすべてのOTに読んでもらいたい1冊である。
「作業療法ジャーナル」 vol.54 no.11(2020年10月号) (三輪書店)より転載
評者:三木恵美(関西医科大学、作業療法士)
Whole Person Careと聞くと「全人的ケア」のことだと思う読者は多いだろう。しかし、従来の「全人的ケア」と本書で述べられるWhole Person Careは根本的に異なるものだそうだ。ではWhole Person Careとはいったい何なのか。
人は病気になると2つのことを求める。1つは治る病気は治してもらうこと。もう1つは1人の「全人(Whole Person)」として対応してもらうこと。Whole Person Careとは、「科学的根拠に基づく医療」と「癒し」、すなわちロゴス(論理・論証する言葉・理性)とミュトス(人が語る物語・空想)、ScienceとArt、標準化と個別化、の統合である。
この数カ月、私は高校生、保護者、高校教師を相手に「作業療法とは何か、どんな魅力があるか」を説明する仕事をしている。短い言葉で明快に伝える必要があるため、「作業療法とは何か、どんな魅力があるか」をあらためて自問することとなった。そのような時期にこの本を読む機会を得て、私の中に長年巣くっていた硬い氷が融けるような感覚があった。
本来、「科学的根拠に基づく医療」と「癒し」は対立するものではない。しかし、科学的根拠を求める研究者、OTの姿勢は、標準化や客観性を求めるあまりに、画一的であったり患者の個性を見過ごしたり、温かみに欠けていると批判されることが少なくない。一方で、患者の人生の物語を大切にした実践、患者にとって価値のある作業に焦点を当てた実践は、非科学的と批判を受けることがある。どちらも作業療法にとって必要なのに、どうして反発し合うのだろうか。この潜在的な対立関係は、私の心の中にわだかまりとして長い間存在している。
作業療法の強みの一つは、医療・保健の専門職だということだ。医療・保健の専門職であるからこそ、疾患や障害を抱えた人々に近づき、触れ、うまくいけば治すことができる。医療専門職である以上、科学的根拠を求められるのは必然である。ここを怠れば、作業療法は自滅してしまうだろう。
作業療法の魅力のもう一つは、「癒し」との親和性の高さにあると思う。これは他の医療職にはない、特別な魅力ではないかと私は思っている。作業療法には、人を「全人」として理解し、かかわろうと努めてきた文化がある。病気になると、病気になる前の自分と人々との結びつきが奪われてしまうので、「癒し」には結びつき(Connection)が必要となる。本書では2者間の結びつきを深める練習として、2人が一緒にケーキのデコレーションをするというエピソードが紹介されている。これは、患者と作業との結びつき(Engagement)を大切にする作業療法、患者と家族が一緒に同じ作業に取り組む作業療法の場面と、非常に類似していると思う。
「科学的根拠に基づく医療」と「癒し」、両方があってはじめて作業療法が魅力ある仕事になるはずだ。互いに補完し合うべきこの両者が対立してしまうのは、作業療法の世界だけではないらしい。それを統合しようというのがこのWhole Person Careである。
作業療法士養成課程において、「科学的根拠に基づく医療」のための教育は充実してきているように思うが、「癒し」に関する教育は十分ではないように思う。実際、私自身も「癒し」ができるか否かは、OT自身の資質にかかわる部分が大きいと捉えていたところもあって、きちんと術を学んでこなかったと思う。しかし、本書では、腎臓内科医である著者が経験したさまざまなエピソードや医学生への教育を紹介しつつ、「癒し」の医療をどう育てるか、どう展開するか、を具体的に紹介している。作業療法においても、「癒し」の教育・実践について学ぶことは多い。本書は、緩和ケアや終末期にかかわるOTのみならず、いかなる時期であっても、患者の人生にかかわるすべてのOTに読んでもらいたい1冊である。
「作業療法ジャーナル」 vol.54 no.11(2020年10月号) (三輪書店)より転載
【著】トム・A・ハッチンソン
【訳】恒藤 暁